プライスウォーターハウスクーパース

ロンドンを本拠地とし、世界151カ国に163,000人のスタッフを擁する世界最大級のプロフェッショナルサービスファームである。デロイト トウシュ トーマツ、KPMG、アーンスト・アンド・ヤングと並び、世界4大会計事務所(Big 4)の一角を占める。2009年には、Universum社が発表した「最も魅力的な企業トップ50」において、世界第2位を獲得した。なお、2011年においては売上ベースで4大会計事務所のうち292億ドルで第1位となっている。

今日のトピックス

プライス・ウォーターハウス

1849年、会計士サミュエル・ローウェル・プライス(Samuel Lowell Price)はロンドンに事務所を開いた。1865年にはプライスはウィリアム・ホーリーランド(William Holyland)とエドウィン・ウォーターハウス(Edwin Waterhouse)とパートナーシップを結んだ。このパートナーシップの合意書は現在でもロンドン・サザークにあるビル「サザーク・タワーズ」のPwC事務所に飾られている。ホーリーランドは後に独立したため、このファームは1874年以降プライス・ウォーターハウス&カンパニー(Price, Waterhouse & Co.)として知られるようになった。「&カンパニー」の部分は後に省略されて消える。
19世紀末にはプライス・ウォーターハウス(PW)は監査事務所として名声をほこるようになり、英米間の取引の増加で1890年にはニューヨークにも事務所を開いた。ニューヨークのファームは巨大化したほか、イギリス本部も大英帝国各地にファームを開業していった。各国のファームとは別々のパートナーシップが結ばれ、これがパートナーたちを地元企業との提携拡大へと向かわせるインセンティブになった。PWの世界規模の拡大は、国際的な合併よりも、各国に置いたパートナーが独自に発展していったことに基礎を置いている。

クーパース&ライブランド

一方、1854年にはウィリアム・クーパー(William Cooper)がロンドンに会計事務所を開き、7年後には3人の兄弟も合流しクーパー・ブラザーズとなった。
アメリカでは1898年にロバート・モンゴメリー(Robert H. Montgomery)、ウィリアム・ライブランド(William M. Lybrand)、アダム・ロス・ジュニア( Adam A. Ross Jr.)とその兄弟T・エドウィン・ロス(T. Edward Ross)がライブランド・ロス・ブラザーズ&モンゴメリーを開いた。
1957年、英米の両者およびカナダのマクドナルド・カリー&カンパニーは合併し、クーパー&ライブランドとなった。1990年、英国のクーパー&ライブランドはデロイト・ハスキン&セルズ(Deloitte Haskins & Sells)のパートナーの一部と合併したが、デロイトのパートナーのほとんどはトウシュ・ロス(Touche Ross)へ合流し、デロイト・トウシュ・トーマツを形成した。

両ファームの巨大化と合併

両ファームは世界各国の大都市にファームを開いたり地元ファームと提携したりしたが、各国の提携ファームは地元のファームを吸収することもあった。こうして各国の地方都市にまでファームは行き渡り、急増する多国籍企業が世界のどこで活動してもサービスが受けられるに十分な体制が整った。また会計監査の需要の増加、特に1930年代の世界恐慌や税体系の複雑化にともないファームは大きくなった。
会計業界は世界規模のサービスの必要性や急増する訴訟費用に対応するため、1980年代から規模の経済の優位性を求めて巨大合併を行うようになった。PWはアーサー・アンダーセンとの合併を模索したが、両社の利害相反が大きく交渉は破綻した(例えば、アンダーセンはIBMとの間で取引上強いつながりがあったが、そのIBMを監査するのはPWであった)。1997年、PWとクーパースは巨大化を求めて合併を発表し、翌1998年現在のPwCが誕生した。さらにPwCはロンドンの中堅法人グラント・ソーントン(Grant Thornton)とも合併しようとしたが、これ以上の巨大法人が誕生し寡占が進むことは独占禁止法にも触れる事であり話は流れた。

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